多くの人が災害対策として「避難所に行けば水や食料がもらえる」「行政がなんとかしてくれる」と考えています。しかし、これは公的支援がすでに機能している「フェーズ1」以降を前提とした認識になります。
実際の災害において生死を分けるのは、能登半島地震のように発災直後から外部の支援が届くまでのフェーズ0(公助の空白期間)をどう生き抜くかです。
フェーズ0(公助の空白期間)の現実
フェーズ0とは、大規模災害が発生してから、自衛隊や自治体による公的支援(公助)が被災地に届き、本格的に稼働するまでの期間を指します。目安として「発災から72時間(3日間)」とされることが多いですが、地形や被害状況によってはさらに長期化します。
この期間の現実は以下の通りです。
- 外部からの救助・支援は来ない(道路の寸断、同時多発的な被害による人員不足)
- 電気・水道・通信の完全停止(ライフラインの断絶)
- 指定避難所の機能不全(建物の損壊、備蓄の枯渇、管理者の不在)
住民に潜む「公助依存(甘え)」の事例
住民の中には、フェーズ0の過酷な現実を理解せず、無意識のうちに「公助」に依存した危険な認識が蔓延しています。地域防災の会議などで以下のような勘違い(甘え)が頻繁に見受けられます。
- 「どうすれば消防署や自衛隊に早く助けに来てもらえるか」を議論する
大規模災害の直後は、道路の寸断や通信網のダウンにより、そもそも「連絡をとること」も「応援が駆けつけること」も物理的に不可能です。外部の救助を前提とした計画はフェーズ0では機能しません。 - 「指定避難所に行けば、誰かが鍵を開けて物資を配ってくれる」と思い込んでいる
能登半島地震の避難所のように、避難所の管理者(市職員や学校関係者など)自身が被災し、現場に辿り着けないケースを想定していません。その結果、誰も備蓄倉庫の鍵を開けられず、目の前に物資があっても配布できない事態が発生します。 - 「倒壊家屋からの救出やケガ人の手当てはプロに任せるべきだ」と傍観する
レスキュー隊が到着するのを待っていては、救命のタイムリミット(ゴールデンタイム)は過ぎてしまいます。近隣住民同士による、バールやジャッキを使った初期の救出活動をためらう原因になります。 - 「行政がすぐに炊き出しや仮設トイレの手配をしてくれるはずだ」と待機する
市役所などの行政機能自体が麻痺している状況下では、待っていても何も届きません。自分たちで即座に簡易トイレを設置し、ルールを決めて運用しなければ、数時間で避難所の衛生環境は崩壊します。

難破船の船長に注文をつけても意味はない
忘れてはならないのは、行政や自治体の職員も、同じ地域に住む一人の「被災者」であるという事実です。
能登半島地震のような大災害という嵐の中で、被災した自治体は「難破しかかった船」と同じ状態にあります。インフラは壊滅し、指揮をとるべき船長や船員(行政職員)自身も被災し、身動きが取れないかもしれません。
そんな極限状態において、ただの乗客として「いつ食料が配られるのか」「なぜ早く助けに来ないのか」と船長に注文を付けても事態は改善しません。船を沈めないためには、乗客である住民一人ひとりが自ら立ち上がり、「クルー(乗組員)」として役割を担う必要があります。指示待ちや傍観は、自らを乗せた船を沈める行為に他なりません。
災害対策の出発点は、支援を待つフェーズ1ではありません。フェーズ0の現実を直視し、行政に頼るだけの「乗客」から、自ら命と地域を守り抜く「クルー」へと意識を切り替えることこそが、命を繋ぎ、地域の未来を切り拓く第一歩となります。
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