能登半島地震

珠洲市が1.72km²「拡大」した日|能登半島地震の海岸隆起から学ぶこと

石川県が福井県の面積を逆転した国土地理院の発表から、防災研修で伝える地殻変動の実相

珠洲市で防災研修プログラムを実施する中で、参加者からよく聞かれる質問があります。「この隆起した海岸、結局どれくらい広がったんですか?」。感覚的には「日本海の海岸線はずいぶん広くなりました」と答えていたのですが、2025年9月26日、国土地理院がその問いに対して、想像してなかったに発表をしました

石川県の面積が、隣の福井県を”逆転”したのです。能登半島地震の現場を訪れる意味を、あらためて考えさせられる発表でした。

都道府県の面積が入れ替わるというありえない出来事

国土地理院の発表によると、2025年7月1日時点の石川県の面積は4,190.94平方キロメートル。前回の測量(2024年4月1日時点)と比べて4.74平方キロメートル増加しました。一方、福井県は4,190.59平方キロメートルで変わらず。その差はわずか0.35平方キロメートルですが、これによって全国都道府県別の面積ランキングで石川県が34位、福井県が35位となり、順位が入れ替わりました(北國新聞読売新聞)。

普通、県の面積というのは行政境界の変更や大規模な埋め立てがなければ動かないものです。ところが今回は地殻変動の影響なのです。国土地理院の担当者も「地殻変動で(都道府県の面積順位が)入れ替わった事例は聞いたことがない」と述べており(北國新聞)、都道府県別の面積順位の公表が始まった2007年以降、初めての逆転劇だそうです。日本地図の上で、都道府県の「大きさ比べ」の順番が地震によって変わる ― こんなことが起こるとは、誰も考えていなかったはずです。防災研修プログラムで「災害は生活だけでなく国土の形そのものを変えてしまいました」と説明することがありますが、これほど分かりやすい実例はなかなかありません。

珠洲市はどれだけ「拡大」したのか

面積が増えた市町を見ると、能登半島北部の3市町に集中しています(国土地理院)。

・輪島市:2.78平方キロメートル増加
・珠洲市:1.72平方キロメートル増加
・志賀町:0.24平方キロメートル増加

私たちが防災研修の拠点を置く珠洲市も、1.72平方キロメートル分「新しい国土」が生まれたことになります。これは東京ドームの敷地面積(約4.7ヘクタール)に換算すると約36個分。北國新聞の記事では、石川県全体の拡大分(4.74平方キロメートル)を「河北潟(4.20平方キロメートル)よりも広く、兼六園(0.11平方キロメートル)41個分に相当する」と説明していますが(北國新聞)、珠洲市単体の増加分だけでも、見慣れた地元のランドマークに換算するとその規模の大きさに驚かされます。

実際、震災直後の調査でも珠洲市の海岸線は最大175メートルほど海側に拡大したことが専門家調査で判明していました(NHK)。当時「これはとんでもない光景だ」と思っていた海岸が、今回、公式な国土面積として”確定”したというわけです。防災研修プログラムでこの海岸を実際に歩くと、統計上の数字がどれほどリアルな地形変化なのかを体感できます。

なぜ石川県と福井県だったのか

この逆転が起きた背景には、単純ながら重要な事実があります。国土地理院の担当者は「海岸隆起の影響は大きいが、石川県と福井県の面積がもともと近かったことも逆転につながったと考えられる」と説明しています(産経新聞)。

震災前の石川県の面積は4,186.20平方キロメートルで、福井県の4,190.5平方キロメートル前後とはもともと4平方キロメートル程度しか差がありませんでした(愛媛県公開データ)。そこに能登半島地震による4.74平方キロメートルの隆起が加わったことで、僅差だった両県の関係がひっくり返る、という現象が成立してしまったのです。海岸隆起という現象自体は珠洲や輪島の海で暮らす人々にとって身近な出来事でしたが、それが「県の面積ランキング」という、まったく違う文脈の記録を動かしてしまうとは、なんとも不思議なつながりだと思います。

面積が変わった理由は、隆起だけではない

ここで少し注意しておきたい点があります。国土地理院の資料には、こう明記されています。

「面積の増減には、地殻変動による隆起・沈降、自然海岸(砂浜等)の堆積・侵食、海岸部の埋立て、地図データの詳細化・高精度化に伴うものなど、複数の要因が含まれるため、上記3市町の増加した面積は、令和6年能登半島地震により海岸隆起した面積のみを示すものではありません」(国土地理院)。

つまり、今回の面積増加は震災による海岸隆起がもっとも大きな要因ではあるものの、地図データそのものの精度向上(震災後に航空写真測量を行い、2025年6月に公表した電子国土基本図をもとに算出)による差分も含まれているということです(北國新聞)。それでも、震災前の地図と比べてこれほど大きな増加が確認されたのは、能登半島地震による地形変化がいかに大規模だったかを物語っています。

日本地理学会や東北大学などの研究チームは、震災直後の航空写真解析から珠洲市から輪島市にかけての沿岸部約50キロメートルの範囲で、陸地が約240ヘクタール増加したと報告しており(読売新聞・防災ニッポン)、独自に4.4~4.5平方キロメートル程度の拡大があったと発表していました(北國新聞)。今回の国土地理院の公式発表(4.74平方キロメートル)は、この学術的な推計とほぼ一致する数字であり、震災直後から指摘されていた「海岸線の拡大」が、1年半以上の時間を経て、国の公式な統計として確定した瞬間でもあります。

「面積が増えた市」で防災研修プログラムを実施する意味

正直なところ、地元の私たちにとって、面積が福井県より広くなったかどうかという話は、日々の復興作業や生活とは直接関係のないニュースです。それでも、防災研修プログラムや復興支援ツアーを企画・運営する立場から見ると、このニュースには特別な意味があると感じています。

震災で失われたもの、変わってしまったものを数え続ける2年半でした。しかしこの発表は、能登半島地震が「国土そのものを作り変えた」という、被害とは異なる側面を示しています。輪島市鹿磯漁港や珠洲市長橋漁港の周辺では、地震前と地震後の航空写真を国土地理院が並べて公開していますが(国土地理院)、そこに写る海底が露出した光景は、私たちが防災研修プログラムで参加者を案内している現場そのものになります。

以前の記事でも触れましたが、能登半島は過去数十万年にわたって隆起を繰り返してきた土地です。今回の海岸隆起も、その長い地質学的なドラマの、ごく新しい1ページに過ぎません。ただ、それが「都道府県の面積ランキング」という誰もが親しみやすい指標を動かしたことで、専門家でなくても、この地震がもたらした地形変化のスケールを実感できるようになったのではないでしょうか。

珠洲市は今、1.72平方キロメートル分、確かに広くなりました。統計やニュースだけでは伝わらない地殻変動のスケールを、実際に隆起した海岸を歩きながら学べるのが、復興支援ツアーや防災研修プログラムです。企業の防災担当者研修、学校の防災教育、自治体職員向けの視察など、目的に応じたプログラムをご用意しています。教科書の中だけの話ではなく、足元で起きている地球の営みと、そこから得られる防災の教訓を、ぜひ現地で体感していただきたいと思います。

リブート珠洲 篠原和彦

もっと見る
トップに戻るボタン