はじめに:94%の進捗率が示す珠洲市の復興
2024年1月1日に発生した能登半島地震から約2年が経過しようとしている2025年11月現在、珠洲市における公費解体は驚異的な進捗を見せています。2025年9月末時点で、解体完了棟数は7,825棟に達し、解体率は94.0%を記録しています。これは能登半島全体の88.0%を大きく上回り、穴水町(97%)、志賀町(95%)に次ぐ3番目の高い数値です。
本記事では、この数字の背後にある解体業者の努力、現場の実態、そして今も残る課題について、データに基づいて、防災研修プログラムにて実際に行われた青森県解体工事業協会様の事例で解説します。
数値で見る珠洲市の公費解体
解体実績の推移
珠洲市における公費解体は、月を追うごとに着実に進捗してきました。
- 2024年12月末:60.3%
- 2025年3月末:68.7%
- 2025年7月末:85.2%
- 2025年9月末:94.0%
現在の状況(2025年9月末時点)
- 解体見込棟数:8,499棟
- 申請棟数:8,507棟
- 解体完了棟数:7,825棟
- 自費解体:50棟
- 緊急解体:171棟
- 別管理建物:111棟
特筆すべきは、2025年の奥能登豪雨により追加された57棟のうち、すでに45棟(86.5%)が完了している点です。地震と豪雨の二重被災にもかかわらず、高い解体率を維持しています。
災害廃棄物の処理状況
解体作業に伴う災害廃棄物の処理も順調に進んでいます。
- 発生推計量:831千トン
- 処理量:685千トン(2025年8月末時点)
- 処理率:84.6%
廃棄物の内訳は、コンクリートがらが44.8%(307千トン)と最も多く、次いで混合物が28.9%(198千トン)、不燃物が14.8%(101千トン)となっています。
公費解体制度の仕組み
制度の概要
公費解体とは、被災した家屋等を申請に基づき珠洲市が所有者に代わって解体・撤去を行う制度です。「半壊」以上の判定を受けた家屋や事業所が対象で、被災証明書またはり災証明書が必要となります。
ただし、公費解体の申請受付は2025年6月30日で終了しています。
自費解体の償還制度
すでに自費で解体・撤去した方、またはこれから解体する方に対しては、費用償還制度が用意されています。申請期限は2025年10月31日までとなっており、解体および廃棄物処理まで完了した状態での申請が必要です。
受付窓口はすず市民交流センター2階で、平日8時30分から17時まで対応しています。

解体業者から見た現場の実態
作業環境の改善:拠点確保の課題と解決
珠洲市での解体作業において、業者が最初に直面したのが拠点確保の問題でした。多くの事業者は当初金沢を拠点に活動しており、遠距離通勤による効率の低下が深刻な課題となっていました。
しかし、2024年8月に珠洲市蛸島町に宿泊拠点が完成し、能登町や七尾市の民間宿泊施設も活用することで、約500人分の作業員用宿舎が確保されました。現在では、珠洲市で作業にあたる業者のほぼ全員が近隣の宿泊拠点から現場に通える体制が整っています。
分別作業の負担
解体作業そのものにも多くの困難があります。最も時間を要するのが、解体で出た廃棄物の分別作業です。
自治体が指定する仮置場への搬入には10品目以上にわたる細かな分別が必要で、木材一つとっても瓦、ボード、紙、綿などさまざまな素材が混在しています。この作業には4~5人体制で2日間かけて行う必要があり、解体作業全体のペースを左右する重要な工程となっています。
余震への不安
能登地方では2025年だけで2100回を超える余震が発生しており、作業員は常に地震の不安を抱えながら作業にあたっています。狭い宿舎での生活によるストレスも重なり、業者たちは「お金のためにしているけど、どこか片隅には『どうにかしてあげたい』という思いがある」と複雑な心境を語っています。
住民との調整課題
珠洲市内約1800の現場のうち、住民の都合でまだ着手できない現場が670件(約37%)あります。特に多いのが「倒壊した建物から必要なものを取り出したい」という要望です。
高齢化が進む奥能登では、住民自身が家財道具を取り出す作業が困難なケースが多く、これも解体を遅らせる要因となっています。
労働災害のリスク
解体現場での労働災害も深刻な問題です。2024年1月から2025年3月までの間に、復興関連工事で死者3名、負傷者68名が発生し、その6割が建物の解体現場で起きています。過密なスケジュールや複雑な木造建築構造が一因とされており、安全管理の徹底が求められています。
解体費用の実態
標準単価と坪単価
石川県が市町に示している公費解体の標準単価に基づくと、珠洲市での実勢価格は以下のようになっています。
- 木造:37,207円/坪
- 鉄骨造:31,788円/坪
- RC造:57,678円/坪
具体的な解体費用例
実際の解体費用の例として、珠洲市で行われた工事では以下のような金額になります。
- 木造住宅29坪2階建て:約124.7万円(坪単価43,000円、養生費等含む)
- 軽量鉄骨造住宅24坪2階建て:約60万円(坪単価25,000円、養生費等含む)
坪数別の相場
建物の延床面積によっても坪単価は変動します。珠洲市の木造建物では以下のようになっています。
- 10坪台:6.0万円/坪
- 20坪台:5.5万円/坪
- 30坪台:4.8万円/坪
- 40坪台:4.7万円/坪
- 70坪以上:4.1万円/坪
大規模になるほど坪単価は下がる傾向にあります。
費用の上昇傾向
2024年の木造の坪単価は2020年と比較して約10%値上がりしています。廃材処分費の増加が主な要因で、今後さらに値上がる可能性があるため、坪数が多いほど費用負担が大きくなる点に注意が必要です。
解体費用は「建物本体の解体費用+廃材処分費+諸経費」の3つで構成されており、公費解体では珠洲市が算定した額を超える解体費用が発生した場合、超過分は自己負担となります。
一般的な請負額の目安
一般的な木造住宅の場合、業者への請負額は以下が目安となります。
- 30坪程度:120万円~180万円
- 50坪程度:200万円~300万円
空き家問題への対応
珠洲市では、別管理建物として111棟が指定されており、通常の公費解体とは別に管理されています。これらには所有者不明の空き家や、相続手続きが複雑な物件が含まれます。
能登半島地震では、高齢化が進む奥能登地域特有の課題として、空き家や未登記建物の解体が大きな障壁となっています。所有権利者の同意取得に時間がかかるケースも多く、解体作業の遅延要因となっています。
支払いと経済面の課題
支払いの仕組み
解体業者が安心して作業を継続できるよう、実績に対する支払いが遅滞なく行われる体制が整備されています。
- 市町村から協会への支払い:請求書受領後30日以内
- 元請から下請への支払い:工事完了後約2ヶ月以内
トラブルの発生
しかし、一部の県外業者による代金未払い問題も発生しており、珠洲市内だけでも燃油代や宿泊費など約20件のトラブルが発覚しています。こうした問題は、復興作業の信頼性を損なう要因となっており、業界全体での対策が求められています。
他市町との比較
解体率ランキング(2025年9月末)
- 穴水町:97%
- 志賀町:95%
- 珠洲市:94%
- 輪島市:88.5%
- 七尾市:71.5%(未解体1,943棟)
珠洲市の効率的な作業体制が際立っています。特に七尾市は71.5%にとどまり、未解体住宅が1,943棟も残っている状況です。
今後の課題と展望
残存する課題
2025年10月末の解体完了目標に対し、現状の解体ペースを維持すれば県全体で93~95%の達成が見込まれています。しかし、別管理建物を除いても、解体完了が11月以降にずれ込む建物は2,000から3,000棟になると見込まれています。
土砂撤去作業の継続
解体作業と並行して、土砂撤去作業も継続されています。大谷地区では2024年12月から2025年3月まで、仁江地区でも2025年2月から作業が開始されました。これらの作業は、解体後の土地活用や復興住宅の建設に向けた重要なステップとなっています。
復興公営住宅の整備
珠洲市では公費解体の進展と並行して、復興公営住宅の整備も進められています。解体作業の完了は、被災者の恒久的な住まいの確保に向けた重要なマイルストーンとなります。
まとめ:復興の最前線で働く人々の努力
珠洲市における公費解体は、94%という高い進捗率を達成し、能登半島地震からの復興において着実な前進を見せています。この数字の背後には、解体業者の献身的な努力、効率的な作業体制の構築、そして行政と民間の緊密な連携があります。
分別作業の負担、余震への不安、住民との調整、労働災害のリスクなど、多くの課題に直面しながらも、業者たちは「お金のためだけではなく、どうにかしてあげたい」という思いを胸に作業を続けています。
自費解体の償還制度は(2025年10月31日まで申請終了)、被災者の経済的負担を軽減する重要な制度となっています。空き家問題や未登記建物など、今後も解決すべき課題は残されていますが、珠洲市の復興は確実に前進しています。
リブート珠洲の防災研修プログラムを通じて、こうした現場の実態を知り、復興の最前線で働く人々の努力を理解することは、今後の災害対策や地域復興において貴重な学びとなるでしょう。