2024年1月1日、能登半島を襲った未曾有の地震。珠洲の街並みは一変し、私たちは今、長い復興の道のりを歩み始めています。なぜ、これほどまでに被害は甚大だったのか。そして、私たちはこの経験から何を学び、どのような未来を築いていくべきなのか。
リブート珠洲では、この問いに真摯に向き合うため、地震直後から珠洲を調査した4つの専門機関(京都大学防災研究所、東京理科大学らの合同チーム、東北大学災害科学国際研究所、国の専門研究機関である国総研・建研)のレポートを読み解きました。
そこから見えてきたのは、単なる「天災」という言葉では片付けられない、珠洲が直面した複合的な現実と、未来への確かな教訓でした。このツアーで巡る珠洲の光景の背後にある物語を、皆様と共に理解していきたいと思います。
珠洲を襲った「見えざる脅威」の正体
木造家屋を狙い撃ちにした「キラーパルス」という揺れ
今回の地震の最大の特徴は、その揺れの「質」にありました。専門家は、特に珠洲や穴水で観測された「周期1~2秒」のゆっくりとした大きな揺れが、被害を甚大化させたと指摘しています。これは「キラーパルス」とも呼ばれ、背の低い木造家屋を根本から揺さぶり、倒壊させる最も危険な揺れです。震度という数字だけでは分からない、この”見えざる脅威”が珠洲の家々を襲いました。
揺れを増幅させた「地盤」
さらに、珠洲市内の特定の地域では、この危険な揺れが地盤の特性によって何十倍にも増幅されていたことが明らかになっています 。同じ揺れでも、土地の成り立ちによって、その力は全く異なる形で建物に襲いかかったのです。「同じ珠洲市内なのに、なぜ宝立町や正院町など特定の地域で、これほどまでに被害が集中してしまったのか?」
これらの地域は沖積地盤(ちゅうせきちばん)であり河川が運んだ砂や泥が堆積してできた、柔らかく水分を多く含む地盤になります。地震の揺れを増幅させ、キラーパルスをさらに強力にしてしまいました。
なぜ珠洲の家は壊れたのか? 被害を拡大させた4つの要因
甚大な被害は、決して一つの原因だけで起きたわけではありません。珠洲が持つ複数の特徴が、複雑に絡み合った結果でした。
古い耐震基準の木造家屋
倒壊した家屋の圧倒的多数は、1981年の建築基準法改正以前の「旧耐震基準」で建てられた木造住宅でした。珠洲市では、実に住宅の約65%が1980年以前の建物だったのです 。これらの家屋は、柱と土台を固定する金具が不足しているなど、現代の基準から見ると地震への備えが脆弱でした。
能登の風土が生んだ「重い屋根」
能登の美しい景観を象徴する、黒く艶やかな「能登瓦」。しかし、この重い瓦屋根が、地震の際には建物の揺れを大きくし、倒壊の一因となったことも指摘されています。
「鉄骨だから安全」ではなかった現実
一方で、「鉄骨造なら安心」という神話も、今回の地震では覆されました。古い鉄骨の倉庫などでは、地震の力に抵抗する「筋交い(ブレース)」や柱の根元が破壊され、倒壊に至る事例が珠洲市内でも確認されています 7。材料だけでなく、適切な設計とメンテナンスがいかに重要かを物語っています。
地盤の液状化と津波
揺れそのものに加え、地盤(沖積地盤)の液状化による建物の傾きや、宝立町鵜飼周辺を襲った津波も、被害をさらに深刻なものにしました。
災害の背景にあった、珠洲が抱える社会的な課題
地震は、珠洲が長年直面してきた社会的な課題を浮き彫りにしました。
全国トップクラスの高齢化と人口減少
珠洲市の高齢化率は約52%。地震前から、その人口減少のペースは過去の東日本大震災の被災地よりも深刻でした。高齢者の一人暮らしや夫婦のみの世帯が多く、自力での生活再建が極めて困難な状況が生まれています。
「家はあるのに、住む家がない」空き家問題のジレンマ
珠洲市は地震前から空き家率が20%を超えていましたが、そのほとんどは貸し出しや売却が難しい「空き家」でした。一方で、アパートなどの賃貸住宅は非常に少なく、被災者が地域内で一時的な住まい(みなし仮設住宅)を見つけることを困難にしました。珠洲市人口約10,000人に対して解体申請は約15,000件。
復興を担う「人」の不足
膨大な数の住宅被害に対応すべき珠洲市の建築専門職員(建築技師)は、わずか4人。この圧倒的な人手不足が、被害認定や公費解体、そして復興計画の策定に大きな影響を及ぼしています。
絶望の中の希望 ~未来の珠洲を築くための教訓
しかし、これらの厳しい現実の中にも、私たちは未来への確かな希望を見出すことができます。4つのレポートすべてが、共通してその光を指し示しています。
「新しい基準」と「耐震補強」は、命を救った
最も重要な教訓は、現行の耐震基準で建てられた建物や、適切な耐震補強が施された建物は、あの激しい揺れの中でも倒壊を免れたという事実です。耐震化された病院が災害時の医療拠点として機能し続けた例は、まさにその象徴です。
珠洲の未来を描く「3つの仮設住宅」
現在建設が進む応急仮設住宅には、珠洲の未来を見据えた3つのタイプがあります。迅速な供給を目指す「従来型」、将来の公営住宅化を見据えた「まちづくり型」、そして元の集落のコミュニティ維持を目指す「ふるさと回帰型」。これらは、単なる仮の住まいでなく、珠洲の新しい暮らしの形を模索する試みでもあります。
知ることから、本当の支援は始まる
専門家たちの報告は、珠洲の復興が、単に壊れたものを元に戻すのではなく、この地が長年抱えてきた課題に向き合い、未来の世代のために、より安全で持続可能なコミュニティを創造する挑戦であることを教えてくれます。
リブート珠洲のツアーは、この「知る」ことから始まります。なぜ家は壊れたのか。なぜ復興には時間がかかるのか。その背景にある物語を、ぜひ現地で感じてください。皆様の深い理解と関心が、珠洲の新たな一歩を力強く後押しするものと信じています。