公費解体とは、大きな災害で被害を受けた家屋(半壊以上)について、自治体が所有者に代わって解体・撤去を行い、その費用を公費で負担する制度です。
能登半島地震から時間が経つにつれ、珠洲の風景は「壊れた家のまち」から、公費解体と瓦礫撤去によって「更地が広がるまち」へと変わりました。その一枚一枚の更地の裏側には、「全部壊す」「一部を残す」「全壊判定でも自分の余生のために直して住む」といった、多様な選択と迷いがあります。
この投稿では、復興支援ツアーを通じて現場で聞いてきた声をもとに、珠洲でどのように家と暮らしの行方が決められてきたのかをお伝えします。
「全部壊すか、一部を残すか」という決断から見えてきたこと
リブート珠洲は、復興支援ツアーを通じて、いまの珠洲の姿を訪れる方々にお伝えする役割を担っています。ツアーで地元を歩いていると、被災した家々が解体されていく現場に何度も出会いました。そのたびに、「この家にも、それぞれの迷いや決断があったのだ」と感じさせられました。
公費解体と瓦礫撤去が進んだ珠洲では、「壊れた家のまち」から「更地の風景が広がるまち」へと姿を変えました。その変化の裏側には、住民一人ひとりの選択と、そこに至るまでの葛藤があります。そのなかでも印象的なのが、「家をすべて解体するのか、それとも一部を残すのか」という選択です。
一見シンプルな二択に見えますが、その背景には、制度の変化やお金の問題、そして何より、暮らしや記憶に対する複雑な感情が折り重なっています。
「全部壊さなければならなかった」時期と、「一部を残せる」ようになった変化
公費解体は当初「決めたら基本的に全部壊す」という運用で進んでいました。そのため、一度腹をくくって解体を選んだ方は、「もうここには何も残らない」という覚悟を持たざるをえませんでした。
ところが、途中から「一部の部屋や棟を残してもよい」という運用が広がり、住まいとしては戻らないけれど、
- 残った家財や道具の物置に、
- 小さな作業場や拠点として、
- 子や孫が帰ってきたときに集まれる場所として、
一部だけを残す、という選択をした方も出てきました。
ツアーでそうした場所を訪れると、更地になった敷地とはまた違う、「ささやかな続き」のような空気を感じます。全部を壊す決断の中に、「ここを完全には手放したくない」という、最後の一歩が刻まれているようにも見えます。
「公費解体ができたけれど、あえて直して住む」という選択
一方で、こうした流れとは逆方向の選択をした方の話も伺いました。その家は「全壊」の判定を受け、公費解体の対象になっていました。つまり、すべてを壊して更地にすることもできた状況です。それでも、その方はこう話していました。
「自分の余生を過ごすためだけなら、元に戻らなくてもいい。住めるように直す工事を選びました。」
かつての姿のまま再現することは難しい。将来にわたって価値が出るような「資産」として考えれば、建て替えのほうが合理的かもしれません。
それでも、
- いまの自分の年齢から考えて、あと何年ここで過ごしたいか
- この土地と家に、どれだけ思い入れがあるか
- 工事費と、公費解体後に新しく家を構える負担を比べてどう感じるか
そうしたことをひとつひとつ考えた結果として、「壊さずに、“自分が暮らせるレベルまで”直す」という道を選ばれたのだといいます。ツアーでこの話を紹介すると、参加者の方からは、「合理的な選択ではなくても、『自分の人生の時間』から見たら筋が通っている」といった感想がよく聞かれます。
新しい家を建てるか、増築としてつなげるか
一部を残した家では、その後の選択肢も分かれていきます。
- 残した建物とは別に、新たに住宅を建てるケース
- 残した一部屋や一棟に、あとから増築するように建物を継ぎ足していくケース
見た目には似たような「家づくり」に見えても、制度上は「新築」として扱うのか、「増築」として扱うのかで、必要な手続きや構造の条件、かかる費用が変わってきます。
ツアーの中では、専門家の立場ではなく、「現場で聞いた話」として、こうした違いをご紹介することがあります。「この家は、基礎から新しく建て直している」「こちらは昔の一部屋を残して、そこから増築している」といった具体的な例を見ていただくと、同じ地域でも、選ばれている道が一軒ごとに違うことが伝わります。
固定資産税という、もうひとつの重さ
解体か、一部を残すか。この判断を重くしている要素の一つが、固定資産税をはじめとした「お金」の問題です。
- すべてを解体して更地にすると、建物の固定資産税はゼロになりますが、住宅用地の特例が外れて土地の固定資産税が上がる場合があります。
- 一部を残せば、その部分については建物としての税や維持費がかかり続ける一方で、土地には住宅用地の特例が残り、税負担が抑えられるケースもあります。
どちらが「負担が軽い」と感じられるかは、土地と建物それぞれの評価額や面積、そして今後その場所をどのように使うつもりかによって変わってきます。
住民の方のお話を伺うと、「気持ちとしては少しでも残したい。でも、将来の負担を考えると完全に壊す方が楽かもしれない」 という、感情と現実のあいだで揺れる声を何度も耳にしてきました。
私たちは税の専門家ではありませんが、こうしたリアルな迷いが、解体・復旧の判断に影響していることは、外から来る人にも伝えておきたいと思っています。
「解体してよかったのだろうか」というちょっぴり後悔の声
壊す前は、「もう住めない」「危なくて仕方がない」と感じるほど傷んでいた家。それでも、更地に変わってしまうと、柱に刻んだ背丈、障子越しの光、冬に家族が集まった部屋――そうした記憶が、かえって鮮やかに浮かび上がってきます。
一方で、一部を残した方からは、「残したはいいけれど、ほとんど使えていなくて…」という声も聞こえてきます。
「全部壊さなければよかったのでは」「いや、残さなければよかったのでは」
どちらの道を選んだとしても、あとから別の可能性が見えてしまうからこそ、問い直してしまうのだと思います。
私の場合、全壊判定で倒壊家屋から取り出した家財を倉庫に保管しています。傷ついたり、泥がついたりした家財はそれでも愛着がありましたが、なぜか最近遠い過去の物に見えてしまうようになりました。
「思い出なのか」「これからも使うのか」「処分するのか」そんな思いを整理する日が近づいているのだろうと思います。
ツアーで伝えたいのは、「正解」ではなく「迷いの輪郭」
復興支援ツアーというと、「成功事例」や「前向きな話」だけが並んでいる場をイメージされることもあります。しかし実情は、家をどうするかの選択に、きれいな正解はほとんどありません。
- 制度やルールが、途中で変わっていったこと
- 経済的な事情や家族構成が、選択を縛っていたこと
- それでも「ここで暮らしを続けたい」「何かを残したい」という思いがあったこと
そうした「迷いの輪郭」も含めて見ていただくことで、参加者の方が、自分の地域や自分の暮らしを考えるきっかけになればいい、と思っています。

更地にも、残した一部屋にも、「これから」がある
全部解体した土地にも、一部だけ残した建物にも、共通していることが一つあります。それは、「これからどう使うか」がまだ白紙の部分をたくさん抱えている、ということです。
- 更地だからこそ、家庭菜園や小さな拠点、テントを張れる広場として使えるかもしれない。
- 一部残した家だからこそ、住む以外の用途――仕事場や集まる場として生かせるかもしれない。
解体か、一部を残すか、あるいは全壊判定の家を「自分の余生のために」あえて直すのか。そのどれを選んだとしても、「終わった話」ではなく、「これからどうするか」の出発点として見ていきたい。
リブート珠洲は、その視点をツアーの中で共有しながら、珠洲で起きていることを丁寧に伝え続けていきたいと思います。