能登半島地震
2024年1月に珠洲市を中心に発生した震度7の大地震”能登半島地震”。この未曾有の災害は、美しい景観で知られる見附島や恋路海岸を含む地域に甚大な被害をもたらしました。避難生活を余儀なくされた住民たちや、貴重品や思い出の品を救出するボランティアの活動など、地震後の復興に向けた取り組みをご紹介します。
能登半島地震による海岸隆起と地形変化
2025-03-03
能登半島地震による海岸隆起と地形変化
2024年1月1日の能登半島地震は、能登半島の地形に大きな変化をもたらしました。日本海側では約85kmにわたって海底が隆起し、海岸線が大きく変わりました。地形変化は、過去数十万年にわたる隆起傾向や断層活動によるものです。
孤立集落の24人、土砂崩れに阻まれた72時間
2025-01-29
孤立集落の24人、土砂崩れに阻まれた72時間
2024年能登半島地震で土砂崩れに飲まれた珠洲市宝立町小屋地区。道路寸断による孤立から、区長の佐古田さんはチェーンソーで川を渡る仮設橋を自作し、高齢者を含む全住民の避難を実現。
貴重品も想い出も取り出す、災害のプロ集団
2024-02-17
貴重品も想い出も取り出す、災害のプロ集団
家が全壊してから1か月半が過ぎ、避難所暮らしでずっと待っていたのは、貴重品や家財を取り出してくれるボランティアです。社会福祉協議会が窓口となる一般ボランティアには制限があり、倒壊危険がある家屋に入ることはできません。そんな折に、災害エキスパートファーム下のボランティア集団に運よく作業をお願いすること…
えんむすびーちの鐘が鳴る日はいつ
2024-02-10
えんむすびーちの鐘が鳴る日はいつ
見附島から恋路海岸までは「えんむすびーち」と呼ばれています。見附島と恋路海岸にはそれぞれ鐘があってこれを鳴らすと恋が結ばれると言われています。恋路海岸にある恋路物語の助三郎と鍋乃の銅像も津波に洗われたようです。ところどころ痛んでいてどこか寂しげな気がします。
泣きっ面に蜂、コロナで避難所から隔離される
2024-01-22
泣きっ面に蜂、コロナで避難所から隔離される
ブログの更新が途絶えてしまって申し訳ありません。喉の痛みを感じ、避難所の医療チームに診てもらったところ、コロナの可能性があり即座に隔離となりました。
珠洲市宝立町を襲った強烈な揺れ、そして津波
2024-01-13
珠洲市宝立町を襲った強烈な揺れ、そして津波
強い揺れに続いて襲来した津波により、被害が拡大しました。特に、珠洲市宝立町は能登半島地震において最も甚大な被害を受けた地域の一つとなりました。津波は鵜飼川の河口を中心に宝立町を襲ったようです。
変わりゆく風景:能登半島の見附島、地震前後の姿
2024-01-11
変わりゆく風景:能登半島の見附島、地震前後の姿
見附島は珠洲市にある島です。能登半島のシンボル見附島は島の形を軍艦に見立て軍艦島とも呼ばれています。能登半島地震で大きくその雄姿を変えることになります。
壊滅した街、珠洲市宝立町の様子
2024-01-10
壊滅した街、珠洲市宝立町の様子
私が住んでいる珠洲市宝立町の街の風景です。鉄筋などをのぞく木造の建物はほとんどが地震の被害を受けました。これまでの震災の様子は報道での世界であって、まさか現実に見ることになるとは思いませんでした。
能登半島地震を生き抜いた体験記:震度7の恐怖と奇跡的な脱出
2024-01-10
能登半島地震を生き抜いた体験記:震度7の恐怖と奇跡的な脱出
「ドドド×ゴー」という音と共に始まった震度7の揺れ。2024年1月1日、能登半島地震が私たちの暮らしを一変させました。30cm四角の柱や巨大な松の梁を持つ頑丈な北陸の古民家でさえも、容赦ない揺れに耐えられず崩壊。天井が裂け、空が見える恐怖の中、妻と共に着の身着のままで奇跡的に脱出した体験を、崩壊した…